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編集長のブログ

『カナリアノート』発刊後に考える。


昨年、『カナリアノート』という哲学エッセイを発刊した。

その後に考えたことを、これから折々記すことにする。

2009年は、デスカッションと読書と散歩で始まった。

デスカッションは、主に最近日本や世界で起こっている様々な事象についてだった。
読書は、どういうわけか、宗教関係(キリスト教・イスラム教・ユダヤ教やイスラム教・チベット密教など)のものが多かった。図書館でアトランダムに選択したのだが、「人はかくして、神の敷居を越える」(「カナリアノート』断章7)と記した著書には意外だったが、それでも、それらの本により、改めて人が神を求めてさまよったこれまでも膨大な時間を追体験させてもらった。

散歩は近所に5年ほど前に造成された小川を歩くことだった。鴨が10羽ぐらい居て、鯉も放たれていた。昔は、本物の小川が流れ、桜並木が続いていた。30年くらい前に、桜はほとんど切り倒され、川にはコンクリートの蓋が被せられて、夏になると溝川の臭いがした。現在は、小川の水は浄水され、臭いもまるでなくなった。周囲にはマンションや戸建住宅がたちならび、散歩する人も増えた。

しかし、浅瀬の川は人の侵入が可能で、鴨を取って食べようとする人の姿が容易に想像できる。だから、心おだやかな散歩とはいかなかったが、この辺りの散歩はいつもそんな感じである。

野生の生き物に出会うと、彼等の命の心配ばかりしてしまう。野生でなくとも、人々が暮らす家々の風情も、たおやかな、なにげない幸福感からはほど遠い。

せめて、木々が、空が、晴れて見えるのが救いであった。こころの中で、空と自分をk~げ、虚空に解き放ってみる。

●2009年1月18日 最近の編集長の写真です。(『カナリアノート』の帯に24歳当時の写真を使用したので、最近の私はどのように変貌したのか、このページの読者のみに公開します。最近、お一人様でご活躍のUさんは、な、なんと、私のカナリア帯びの写真を見て「遺稿集かと思い、ドキットした」という彼女らしいコメントを寄せました。このような誤解!?を極力避けるためでもあります(笑)。


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