文字とデザインにこだわる、それがレイラインパブリッシングです。 スタッフの鋭敏な感性と豊かな想像力で1冊1冊の本を大切に作り続け、読者にお届けします。ただ今10月11日発刊arc15号購読受付中


ホーム >> 編集長のブログ >> 価値基準

編集長のブログ

価値基準


この2・3年、「価値基準」という言葉がとても気になっている。つまり個々の人々が何を基準になにを選ぶのかということだ。

これは、個々人の生活の姿を決めることだから大事なことなのだが、あまり、意識的ではない。つまり自分の「価値基準」を改めて考える人が少ない。多くはこの色が好きとか、この花が好きとかいう感覚的次元でときどきの選択をしている。

一番多いのは「みんなと同じ」基準で何かを選択する。だから、「空気」を読めない人は嫌われる。ただでさえ全体の秩序を重んじる国民性がある。異質の人は全体の調和を乱し、白い眼で眺められる。

また、日本人は遵法精神があると言われている。よほど害が自分に及ばない限り、法を守る。

この背景には少なからず「お上への畏敬」が含まれている。第2次世界大戦下では、これを「治安維持法」が補完し「恐怖の装置」が機能した。年長の一般人のなかではこの記憶の恐怖がもたらした残滓がある。それが、尾を引いているなかで「特定個人保護法」などという法律が数を頼んだ政権で成立してしまった。これまでのようにいつ拡大解釈されるか分らない怖しい法律である。

さて、「価値基準」である。このように国が代議員制を背景に国民の大方の意志を無視して、法律を制定し、「原発推進」などの政策を強行しようとするとき、国の政策に反対意見を持つ個人はどのようにそれをストップすることができるのか。もちろん「選挙」があるが、その投票率がいかに低かろうが、拘泥しない政治家たちである。くわえて「官僚たち」がいる。かつての日本の官僚たちは戦後日本を復興に導いた立役者であり、国内外から「優秀」と評された。

しかるに現在彼等官僚たちは何をしているのだろうか。各省庁の政策継続のために知恵を絞っているのではないか。彼等の顔がどこを向いているのかが、はなはだ心配だ。

そのようなとき、人は二重の価値基準を持たざるを得ない。

自分の美意識、道徳的意識、理想それらを守ろうとすれば「二重の価値基準」を持って生きざるを得ない。

しかし、しかし、それは果たして人として正しい道なのか。

この正月、テレビでオリンピック体操の名花と謳われたチェコの「ベラ・チャスラフスカ」のドキュメント番組を放映していた。彼女は祖国の激動の時代「プラハの春」「ビロード革命」という二度の大変革のなかを「二重基準」を持たずに本音で生きた。世界も国民も注目するスーパースターだったから、その栄光も失墜も一般人とは桁違い。しかし、そのいずれの渦中にあっても苦しみ傷つきはしたものの、自分にとっての一番大事な価値の基準だけは手放さなかった。

そして、現在の彼女の顔がテレビにクローズアップで映し出された。深い皺をいくつも刻んでいるものの、その顔は潔く美しかった。人にこうあるべきだと感じさせるほどに。

 


コメント

●arc世界連邦政府憲法 試案
●arc THE CONSTITUTION OF
THE UNITED WORLD GOVERNMENT
TENTATIVE PLAN
●arc世界連邦政府憲法
試案/Q&A



新刊案内

2015.10.7 arc19号発刊!
arc19 2014.10.7 arc18号発刊!
arc18
2013.10.13 arc17号発刊!
arc17
2013.5.30
 『ハラハラ、ドキドキ、
 なぜ歩くの、智恵子さん』
 発刊!
arc15
2013.3.21
『進化する政治経済学』発刊!
arc15
2012.10.12 arc16号発刊!
arc17