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編集長のブログ

『権力を取らずに世界を変える』そのⅡ(かつて、私は)


かつて私はジョン・ホロウエイのように資本主義を全面否定したことはなかった。ある種の倫理、規範が前提になっているのなら経済の創造的競争は否定的な側面ばかりが強調されるべきではなく、個々の能力に応じての職能の自由があるならば、それはそれでよいという風にとらえていた。しかしナイーブな私が夢に描いていた資本主義経済は、その前提となる条件の多くが覆された。資本(カネ)は労働に見合った対価として機能せず、カネがカネを生む人間の利己的欲望に取り込まれ、ついには「リーマンショック」なるもの、「派遣切り」なるものなどなどを生み出した。そしてまさしくジョン・ホロウエイが本書で指摘しているように「資本」は労働者と敵対し、労働力を機械(ロボット)に移行させようとしている。効率優先の商品の形態は個人の想像力を奪い、安い時間給で人を拘束する。そのような労働形態ではマニュアルが重視され、ヒトとヒトのつながりは人情的側面においてもさらに分断される。そのように考えていたときに、偶然この本に出会った。

さらに、ジョン・ホロウエイのこの本の視点は、はるか昔に私が選択した地点とも重なる。しかし当時の私はマルクス主義者ではなく、ただの17歳の小娘に過ぎなかったゆえに、著者の経験も理論も持ち合わせてはいなかった。ただ17歳の高校生が自分の将来を思い描けるいくつかの選択肢をすべて捨て去り、放校という道を選びとったときの基準は、「自分は権力の道を選ばないで世の中を変える方法を探す」ということであった。

当時の私には、取り合えず大学進学するという道は不純に思えた。さらにそのまま高校を卒業して、どこかの企業に就職するという選択はさらにありえなかった。自分の命をつなぐべく「働く」ことは受け入れざるを得なかったが、それらが自分の生業になるとはとはとても思えなかったし、世間で言われている「働かざる者食うべからず」という言葉ほど癪に障る言葉はなかった。できれば漁師とか、農民とか、なにかを作る職人であれば自分の生存の形式としては許せるが、それだけで自分の生が満たされるとも思えなかった。それで取り合えず「放浪の詩人」になる道を選択した。取り合えずと書いたが、わたしの旅のカバンには『ステロ』(岩波文庫)があり、それが屈辱と悲惨のうちに死にいたる道であるかもしれないという覚悟は、あった。当時の17歳は岩波文庫も山ほど読み、哲学書も読み、それなりに早熟であった。それで、17歳の誕生日を迎えた日に上野発の夜行列車に乗ったのだ。なんともロマンチックな少女である。


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