引き続き、ジャック・ロンドンの選集を就寝前に読んでいる。今読んでいるのは「ジョン・バーリコーン」という自伝的要素の強い作品である。15歳のジャック・ロンドンがサンフランシスコ湾で牡蠣の密漁者として生きる決心をして、港にたむろする男たちに一人前の男と認めてもらいたくて、好きでない酒(ジョン・バーリコーン)を仲立ちとして、荒くれ男達と交わっていく様が描かれている。始めのころ酒場での男たちの流儀を分からずに、おごられるままに何杯ものビールを空け、家路に帰ろうとしたときにはたと気づく場面がある。酒は一杯ずつ奢られたら奢り返すのが彼等のやり方だった。それまでわずか時給10セントの金を稼ぐのに10時間以上もの肉体労働をしてきた彼は、その10セントを本当は嫌いなたった一杯のビールに費やしてしまう男たちの金銭感覚についていけなかった。それまでのジャックには、かげでケチな男だと噂されている意味が分からなかった。ジャクはそのことに気づき一人でいるのに赤面するくらい自分を恥じた。それで酒場に取って返しビールを奢ってくれた男にはじめてビールを奢り返す。15歳のジャックの旅立ち。それからは酒が仲立ちしてくれる酒場での交わりに金を惜しまなくなった。ときには一晩で150ドルも使った。小さな船が何隻も買える金である。そしてわずかな間にジャックは密漁者のプリンスと呼ばれるようになる。小説家になる前の酒をめぐるエピソードであるが、「赤面するほど自分を恥じた」という箇所を読み、これは時代の違うホメロスの叙事詩だと感じた。他人の長所を称え、自らのいたらなさに恥じ入るのは古の英雄たちのよきDNAである。
しかし、いま、この日本に存在する多くのリーダーと称するオトナたちのなかにあるのはこれとは全く逆のもの。自己を省みず、他人の疵をあげつらい、友情より金を大事にする。そして気分が落ち込めば「欝」だといって、ふたつとない大事な自己からも酒や薬で逃避する有様。さて、私も、もっと、もっと大きく心を広げ「翼ある言葉」を読者に届けなければ。
([編集長のブログ」原文は、青フォントのタイトルをクリックして読んでください。原文の改行が反映されています。)